「THE END OF EVANGELION」公開直後の監督へのインタビュー。
この時はまさか10年後に自身でエヴァを再構築する事になるとは、よもや結婚しているとは思いも付かなかっただろう。
――ようやく「エヴァンゲリオン」がこの劇場版で完結を迎えたわけなんですが、いまの率直なお気持ちをお聞かせください。
庵野 ただ、終わったな、と。そして、次ができる、と。
ただ、この終わった感覚は同じタイトルで2度味わうもんじゃないな、と思います。ずっとつきあってくれたスタッフも、僕もすでに他の作品を始めてますから、「エヴァ」は僕らにとってもう終わったモノでしかないです。0号、初号が終わって試写室から出ていくスタッフもいい顔をしていてくれたし、いまはそれで十分です。僕自身の気持ちは今回の26話の冒頭につけたメッセージがすべてです。あのショットに虚構はない。現実であり、真実なんですね。
いまは次の実写で頭がいっぱいになってきているから、「エヴァ」に関してはもう忘れています。次々に消去ヘッドが回っていて、初期化と書き換えが行われているといった状態ですね。
――「エヴァ」は、特に後半、人と人とのコミュニケーションがテーマだったと思いますが、映像でメッセージを送ってみて、手ごたえはいかがでしたか。
庵野 このフィルムに限らず、とかく表現というものは、勘違いの集合体でできていると思います。特に映像は方法が複雑な上に一方的なメディアなので、その度合が激しいんでしょうね。だから他者にわかりやすいように翻訳作業をするわけですが、「エヴァ」はあえてその作業を破棄している箇所があります。翻訳すると違うモノになってしまうので。その技術をもたないという己の力不足もありますが、そこまで追いつめられていた自分というのも事実ですね。だから「エヴァ」はことばというより叫びに近いところがあります。あまりメッセージというイメージはないですね。
――監督は、TVシリーズが終わったころから各メディアで、「アニメファンは現実に帰れ」とおっしゃっていましたが。
庵野 ああいうことは多少過激に言ったほうがいいので。
やはり、アニメを現実からの緊急避難としている人たちには余計なお世話だし、業界から見ればお客を減らすことを言うなと、各方面から罵詈雑言を受けました。それは覚悟の上で、あのタイミングで誰かが別の角度から見たアニメファン、パソコン通信の落とし穴は言っておかなければマズイと思っていたので。
確かにアニメファンもこの業界も本質的に変化を求めない体質なんですよ。だから僕の行為も、「エヴァ」そのものもやり切れない思いの産物でしかない。ただ物事はできるだけ多方面から見て検証、認識したほうがいいと思います。だからアニメファンを殻の外から見たらこんな形にも見えるということだけは、最低限知ってほしかったんですね。
――「エヴァ」はいままでの監督の作品と比べても、監督自身の考えが強く投影された作品になりましたね。
庵野 自分を押し殺して他人を描くことをよしとする人たちから見れば、僕の行為は愚の骨頂以外の何物でもないと思います。ただ、10年、20年、30年とあいまいな閉塞感の中で生きてきた僕らは、自分を叫ぶしかなかった。個の存在を他者に認識してもらうしか、自己の存在が認識できない、寂しい世代なんだと思います。
――監督自身が、「エヴァ」で殻の外に出たという感じはありますか。
庵野 出てないんでしょうね。ただ、殻の中が大きくなったイメージはあります。それが殻を破ったことなのかもしれませんが。
――今回の映画をあのようなラストにしたのはなぜだと思いますか。
庵野 フィルムの意図をことばにして言うべきではないと思うし、それが単純にできれば、わざわざ映像にしていないと思います。
実写「ラブ & ポップ」でめざすもの――来年1月には初の実写監督作品「ラブ&ポップ」(*注・村上龍原作の小説。援助交際を女子高生の視点で描いた話題作)が公開されるわけですが、映画化には村上さんから何かお話があったんでしょうか。
庵野 いえ、こちらからです。最初に読んだとき、やってみたいな、と思ったので。
――次回作に「ラブ&ポップ」を選んだのはなぜですか?
庵野 現実的に製作可能だということです。「ラブ&ポップ」はそんなにお金をかけないでできそうだし、登場人物も絞られているのでスケジュールも夏休み期間で取れそうだし、とか外枠的な部分が多いですね。
あと、小説とは別の切り口も可能だし、情報の並列化というのは、映像でもチャレンジしてみたかった、と僕の中にもいろいろあります。
――題材の援助交際については。
庵野 いや、別に。ネタがたまたまそういうやつで、援助交際については興味もなかったし、まだ何も知りません。現場取材とかもこれからの作業だし、世の中の流行なんて全然知らないし。こんなので女子高生ものって、撮れるのかなあ(笑)。
でも逆に何にも知らないでニュートラルにできればと思います。勘違いして、「最近の女子高生ってのは、こういうもんなんだ」と決めつけてやると失敗すると思います。
――ビジュアル的にどんなふうにつくるかなど、イメージはありますか。
庵野 頭をさっさと切り替えて、考えないといけない。ただ渋谷という街に僕があまり魅力を感じていない、という問題があります。だからそれはなぜなのか、というところからスタートして、引っかかった部分を取っかかりにして進めていくしかないんでしょうね。もう(8月の)クランクインまでいくらもないし。
――実写の製作現場は、アニメのそれとは違いますか。
庵野 ええ、違います。実写は即断即決で体力勝負なところがありますね。キャメラレンズの前に存在しないものは撮れないわけだし。映像をつくるシステムというより、流れ、みたいなものが大きく違いますね。監督というスタンスも違います。これはいい経験になります。
撮りつづけなければという焦燥感――いま、映画を離れて何かしたいことはありますか?
庵野 いや、ないっスね。たぶん、自分の生活に興味がないんでしょうね。食べることにも興味ないし、掃除も洗濯もしない。着るものは使い捨てです。近くのコンビニでシャツとかパンツとか買ってきて、一回着ては捨てると。生活感、ないんですね(笑)。
――長期作品の「エヴァ」から間髪入れず、新しい映画を撮ろうというのは、すごいエネルギーですね。
庵野 次回がヒトさまの原作だし、方法論が実写映像だから、続けてできるんだと思います。とにかくできるチャンスがあるうちは可能な限りつくりつづけたいですね。いまの僕にはそれしかないんですから。自分の家庭とかもてないようだし、人並みの幸せからも程遠いところにいるみたいだし。寂しさは常に伴いますが、いまはそのエネルギーをもって、自分にできることをひたすら続けていくしかない、と思っています。恐らくいまが人生においていちばんいいものをつくって残せるときだと思いますから。
――これから監督としては、どんな方向に進みたい、どんなところにいければいい、というのはありますか。
庵野 んー、ないっスね。何か目標があったらつまんないと思うんですよ。目標に着いたら終わりですからね。そのとき、次の目標が見つけられればいいけど、なかったらそこまでですから。僕のはいつもなりゆきまかせ、出たとこ勝負みたいなもんです。
――監督が映像に求めているものはどんなことだと思いますか。
庵野 何でしょうね。わかんないからやってるんだと思います。たぶん。

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